■ 品川宿から始まった『まちづくり』 海岸が広がり武蔵野台地が続く中で鷹狩に興じ、治安に心労し、お不動さんを信仰していた徳川家光は目黒のサンマを食した征夷大将軍だったかもしれません。またこの400年、江戸が発展していく中での品川宿と荏原郡は街づくりの歴史そのものかもしれません。 大政奉還から明治政府、戦争、戦争、大地震と続く中で品川の『まちづくり』の進め方はやむを得ないとは思いますが、今どこでも抱えている問題として道路の狭さや木造住宅密集等、次の災害が起こったときは品川区の多くが危険地域になっています。戦後の平和が57年続いていますが、たった一度の大震災で今の街は数時間で灰塵に帰すかもしれません。 この様なことから、私達は最初はささやかでもしっかりとした『まちづくり』に取り組み連続性を持たせ、住民本意の『まちづくり』を立ち上げるべく努力をしています。またその時代時代に合った新しい『まちづくり』は新しい文化ですから、21世紀への『文化』、『まちづくり』に邁進しています。
■ 会社紹介
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